忍者との関わり
忍びの里伊賀・甲賀日本遺産
平安時代より奈良の春日社に神供を備進した。壬生野郷の伊賀者の産土神。背後に春日山城がある。
由来
春日神社は、伊賀市川東の北方にあり、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を祀る神社です。この祭神は、神護景雲(じんごけいうん)3(768)年に常陸国(ひたちのくに)の鹿島社から大和国(やまとのくに)の春日社へ勧請(かんじょう)する(神様を迎える)途中に奉った、あるいは保延(ほうえん)2(1136)年に春日社から勧請されたとも伝えられています。
天正(てんしょう)9(1581)年9月に織田信長の軍勢が伊賀を攻めた時(天正伊賀の乱)、春日神社も宝庫などが焼失しましたが、『伊乱記(いらんき』の「伊陽安民記巻五(いようあんみんきまきのご)」によると、壬生野郷(ごう)は、奈良や春日大社の若林御厨(みくりや)(神社や神棚に備える供物を調達する場所)であった関係で、春日大社の社人や興福寺の僧が織田軍の将、滝川一益(たきがわかずます)に訴えて焼失(しょうしつ)を逃れたと伝えられています。
(由緒記ほか より)
春日神社データ
祭神
武甕槌命 外四柱
県指定文化財 春日神社拝殿
県指定文化財 雨乞願解大絵馬 附相撲板番付
大絵馬は春日神社に伝世する延享4年(1747)から昭和14年(1939)にかけて奉納された大型額仕上げの13点(高砂図1・社寺参詣図1・境内図2・武者絵3・芸能、物語絵4・相撲図2)です。13点中8点に「雨乞願解」あるいは「雨乞成就願解」の銘文があり、旱魃が続き神社に祈願し、その雨乞願解に奉納されたものであることがわかります。附の相撲板番付5点は、明治4年(1871)から昭和25年(1950)までのもので、相撲は神社等に雨乞祈願のために奉納されていることを考え合わせると、興味深い民俗資料と言えます。
市指定文化財 春日神社の社叢
市指定文化財 春日神社古文書
市指定文化財 獅子神楽
住所 | 〒519-1424 伊賀市川東613 |
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連絡先 | 0595-45-4398 |
受付の目安 | 10:00〜16:00 |
ご朱印のいただき方 | 染筆式 |
ご朱印料 | 300円 |
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