伊賀忍者回廊第十七番勝手神社

現在、ご朱印の授与を中止しています。再開の場合は改めてお知らせいたします。

勝手神社

忍者との関わり

1562年柏原城主瀧野十郎吉政が勧請。天正伊賀の乱で焼失後1593年再建。「決戦之地柏原城」の碑が立つ。

由来

現在は、赤目町柏原区の氏神さんであるが、国家管理の時代は村社であった。それ以前の神仏一体の時代は東光寺の鎮守社で、西方を向いて右の方に寺院、左の方に神社と、一対になっている。
社伝によれば、永禄5年(1562)当地の仕官滝野十郎吉政が、大和吉野山にある、勝手神社より勧請したことがわかっている。その後、天正9年(1581)10月天正伊賀の乱で、伊賀国内の社寺はその殆どが焼失し、当神社も同様であったと考えられる。
その後、村人らによって新たに社殿が造営され、文禄2年(1593)の造営時の棟札が伝わっている。
秋祭りは、11月2日の宵宮、3日の本宮で、両日共、獅子神楽が奉納される。
また、名張大江氏の祖、貞基親王さまを祖先として、滝野城内において三宮神社(親王さまは、清和天皇様の第三の皇子さまにあたる)にお祭りしていましたが、現在は本殿内に合祀されている。

(由緒記ほか より)

勝手神社データ

祭神

正勝吾勝マサカツ アカツ勝速日カチハヤヒ天忍穂耳アメノ ホシホノミノミコト

勝手神社 拝殿

 

催事

秋(10月〜12月)
秋祭り獅子舞(10月)
滝行

住所 〒518-0464 名張市赤目町柏原464
連絡先
受付の目安 10:00〜17:00
ご朱印のいただき方 染筆式
ご朱印料 300円

代表的な周辺名所・史跡等

  • 柏原城跡

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